綾戸智絵 meets El Negro & Robby project
日時・会場 出演者
7月24日(水)
渋谷・Shibuya-AX
綾戸智絵(vo、pf)
エル・ネグロ・オラシオ・エルナンデス(ds)、ロビー・アーミン(ds)
ジョン・ビーズリー(pf、org、elp)、へスス・ディアス(per、vo)、ヨスヴァニー・テリー(ts, as, per, key)、カルロス・デス・プエルト(b)


『My Life』
綾戸智絵(ewe)


もはや説明不要の人気者、綾戸智絵さん。 彼女は、僕を【日本のジャズ】というマイナーな世界(笑)に強く惹きつけてくれた張本人である。  初めて【あやど・ちえ】というシンガーを知ったのは、彼女がメジャー・デビューする1年ほど前の97年夏頃であった。 その直前、ケイコ・リーのライブに初めて行き、えらく感激していると、大阪の或る方から『ケイコ・リーが絶賛される昨今、綾戸智絵が何故、注目されないのか?』という【謎かけ】のような言葉を貰ったのだ。 そう言われちゃ〜黙っていられない(笑)。  早速、観たことも聴いたこともない、未知のシンガー、綾戸智絵のライブに行き、そこで、ガツーン!とやられた。  共演はピアノの南博さん、ベースの水谷浩章さん。  会場には、確か15名くらいしか客が居なかった記憶がある。  しかも、大半は関係者の招待だったのでは?  話せば長くなるが、それからメジャー・デビューを挟んでの3年間、僕は、都内で彼女のライブがある度に、それこそ【ストーカー】の如く付きまとっていた(笑)。  終いには、おばはんから、『わたしゃ、あんたに、自分の家族より頻繁に会っとるわ』と言われるようになった。  

その3年の間、神戸在住の【給食のおばはん】が、全国規模の【人気ジャズシンガー】になり、そして、【ジャズ】という枠組みを飛び越え、全国の“ろうにゃくにゃんにょ”(笑)の【アイドル的存在】になっていく・・・という、空前絶後の大ブレークを、間近で見ることが出来たのは、僕にとって本当に貴重な体験であった。  

しかし、そのブレークの速度は、当時の僕にとっては、あまりにも早過ぎるものだった。 僕は、正直言って、そのスピードに付いて行けなくなった。 もしかすると、綾戸智絵にとっても、それは過度なスピードだったのかも知れない。 しかし、おばはんは、その【乗り易い】性格からか(笑)、そのまま爆走を続けていったようだ。  そうして、僕と綾戸智絵の間には、【2年3ヶ月】という空白期間が出来上がった。  この間、不思議と綾戸智絵のCDを聴いてみよう、という気があまりおきなかった。   しかし、別れた【初恋のヒト】に“今、何しているのかな?”と思いを馳せるのに似て、時々、彼女のオフィシャルHPを覗いたり、その活躍ぶりをチロチロとチェックしたり・・・ということは悔しいけれど(笑)続けていたのである。

そんな中、ここだけの話しだが(?)、昨年の秋だったか、突然、綾戸さん本人から電話を貰った。  詳しくは書かないが、その電話のこともあって、僕は、彼女が【原信夫とシャープス&フラッツ】と共演した実況盤、『LIVE!・U』を聴いてみた。 久々に聴く、綾戸智絵のボーカル・・・、ブッ飛んだ。  やっぱり、スゲー、おばはん!  『恋人よ我に帰れ』を聴いてみて欲しい。  これだけスイングしまくるジャズ・シンガー、今、日本にどれだけ居るか?  しかし、相変わらず、所々、歌詞は何か怪しげで(笑)、良い悪い別にして、“嗚呼、おばはんだなぁ”と思わされた(爆)。  

とは言え、彼女のライブに再び足を運ぶまでには、もう少し時間が必要だった。  行ってみたい気持ちは徐々に復活していたが、何せ相手は、巷で“今、最もコンサートのチケットが手に入り難いアーチスト”と言われる綾戸智絵である。  ズボラな人間である僕には、チケット発売日にチケットぴあへ電話して予約、チケットを発券所に取りに行く・・・な〜んて、至難の業なのだ(笑)。  その上、ホールでのコンサートは、18時半、あるいは19時の開演が多い。 これは、哀しき宮仕えの身にとって、厳し過ぎる時間帯。  

前置きが長くなったが、そして、迎えた2002年7月24日である。 この日から2DAYS、おばはんが、渋谷AXなるナウなヤング(笑)が集う箱で、あのキップ・ハンラハン【ディープ・ルンバ】一派の、エル・ネグロ・オラシオ・エルナンデス&ロビー・アーミンと共演する、と言う。 しかも、フロアは、オール・スタンディング。  スタンディングならば当日券でも入場には問題ないだろう。 今年に入って【怒髪天】のライブで何度かオール・スタンディングを体験済みなので、ライブ現場の雰囲気にも違和感はないと思う。  

今回のようなセッションでの2DAYS初日は、恐らく音楽的に破綻することが予想されるが、それは、それで面白そうだし、仕事もキリがついたし・・・、ということで、当日、ダッシュで山手線に乗り、18時40分、最寄の原宿駅に到着。  うぉ〜っ、やろうと思えば、出来るもんだ(笑)。 開演まで余裕があるが、初めての箱での当日券狙いなので、早足に駅を出る。 すると、大勢の若者達が、代々木競技場方面へ移動中。  事前にAXは競技場を超えた辺りとメボシを付けていたので、この方向で間違いない筈だ。 何気に聞き耳をたてると、先を急ぐナウなヤング達は、口々に“この前、XXちゃんがライブ行った時に・・・”とか、“やっぱり、ライブの最後の曲が・・・”等と話している。 うぉ〜っ、みんな、【アヤド】のライブに行くのか? それにしても、ヤングばっかりだなあ〜(笑)。  少々、困惑しつつ、スーツ姿のオッサンである僕は、そのヤング達に付いて行く。  で、どういうわけか、代々木第2競技場に着いてしまった(?)。 そこは、スカ・パンクのバンド【Snail Ramp】のライブ会場であった(爆)。

な〜んだ、やっぱり違ったか・・・。  兎に角、気を取り直して、方向転換し、AXを探すと、あった、あった。  そちらに歩いて行くと、先ほどよりは、ちょっと・・・、いや、相当に(笑)年齢層が上がった人々が集まり出している。  早速、チケット売場で当日券をゲットし、入場口に並ぶ。  背広の係員達が陣取る入場口にはバリケードが作られており、うぉ〜っ、ロック・コンサートじゃ〜ん!といった雰囲気である(笑)。  ロビーに入ると、某A倶楽部のT氏のお顔が見えたので、久々にご挨拶。  反対側のロビーに周ってみると、某e社のM社長がいらしたので、これまた久々にご挨拶。  僕があんまりにも久々に顔を見せたので、かなりビックリされていた様子。  実に2年3ヶ月ぶり、懐かしい方々のお顔も拝見して、徐々に気分が盛り上がってくる。 

会場のフロアに入ると、既に7割程度の客の入り。  殆ど真っ暗に照明が落とされたステージでは、DJ氏が盛んに皿回し中である。  フロア全体を見渡して見ると、2階席があるからそこそこのスペース感はあるが、箱としては予想よりコジンマリした印象だ。  冷房がガンガン効いている筈のフロアだが、流石にヒトイキレで可也蒸し暑い。  堪らず一度フロアを飛び出て、自販機のドリンクで喉を潤す。  時計は19時チョイ前になり、さあ、いよいよ臨戦体制に。  フロアに戻ると、客の入りは100%の充満状態。 これじゃ、エコノミークラス症候群になりそうだ(笑)。  巨体を縮めて(?)、スンマセン、スンマセン、とステージへ近づく。 ステージでは、まだDJ氏の皿回しが続いている。  イマイチ面白くないなあ、こんなんならテープでも流していた方が良いんじゃないの?と、悪たれの一つもつきたくなったが、最後に我が敬愛するユニット、【AZIMUTH】(ノーマ・ウィンストン、ジョン・テーラー、ケニー・ホィ-ラー)の『How it was then』(ECM)を取り上げてくれていたので、俄然、高感度上昇!  う〜ん、なんて趣味の良いDJ氏なんだ! エライぞ!  (・・・ったく、我ながら単純だね、笑)

僕の立ち位置は、ステージ向って右側、前から5列目くらい。 気持ちとしては、もう2−3列前に行ってカブリツキになっておきたかったが、あまり前に行ってしまうと、ステージ全体が見渡せなくなるので、これで良しとしよう。  DJ氏の皿回しが終わると、近くに陣取っていたオバちゃん軍団が口々に“あ〜、やっと終わった、終わった”、“音、止まったなねえ、やっと”・・・。  “音、やっと止まった”って、しかし、このオバちゃんたちは、自分達が何処に来ているのか分かっているのかな?(笑)   これからステージ上で繰り広げられるであろう、酒池肉林の世界に、はたしてオバちゃん達は耐えられるのだろうか?(爆)

さて、そうこうするうちに、定刻から10分弱遅れてステージにバンドの面々が登場。  メンバー構成は、ステージ後方にドラムが2台。  向って、右にロビー・アーミン、左にエル・ネグロ、という布陣である。 両ドラマーに挟まれた格好で、サッカーのパラグアイ代表、チラベルトにソックリな(笑)べーシスト氏が位置し、少し下がった中央にパーカッション&ボーカルのお兄さん。  ステージ右側にサックス、そして、中央のグランド・ピアノには、ツルツル頭がどう見ても『フィフス・エレメント』のブルース・ウィリス状態の(笑)ジョン・ビーズリーが座る。  因みに、ジョン・ビーズリーは、前からセルジオ・メンデスのバンドや、べーシストのジョン・パティトゥッチのセッションで聴いて、気になる存在だった。  アコースティック・ピアノでのフレーズの作り方と音色の美しさには、ゾクゾクしてしまうものがある。

演奏は、エル・ネグロ&ロビーの短いドラム合戦からスタート。  リズム・パターンのクリックが出されているようだが、それに合わせるようでいて外し、外すようでいて又も合わせていく(?)二人のドラミングは、イキナリの変態ポリリズム!  いやあ、これは、なんと言えば良いのか、【気持ち悪いのが気持ち良い】といった、矛盾が織り成すエクスタシー!  ジャンルで言えば、ラテンというか、サルサというか、ルンバというか・・・???   しかし、想像していたほど、サウンド(音量)自体に迫力がない。  PAの調子の問題か、箱そのものの構造上の問題か、あるいは、“音、やっと止まった”・・・とおっしゃるオバちゃん客のデリケートな耳のことを思っての気配りか???  

ボーカルのお兄さんが、恐らく英語と思しき言語(笑)で、“ハジメマシテ、ヨロシクね”といった感じの歌詞を歌いだす。 それにしても、エル・ネグロ&ロビーが繰り出すリズムは、スゲ〜!!!  一曲目を聴いた印象から、どうやら、エル・ネグロがリーダー格でバンド演奏の流れを掌握しているようだ。  彼のドラミングは、ロビーに比べてシンプルかつ地味だが、サパサパサパッとスティックでリズムをさばきつつ、バンドの持つグルーブをスムースに先導する。 そして、演奏の世界を、スーッと【横方向】に広げて行く。

一方、ロビーのドラミングは、エル・ネグロに比べて派手である。  左手で叩くスネアは強力。  しかも、その間合いに、独特のモタリがあって、そこに注目して聴いていると、思わずトリップ状態になってしまう。  なんたる変態リズム!  ロビーの役割は、どちらかと言えば【オカズ担当】のような感じで、彼のリズムのモタリが、えも言われぬウネリをバンドに与える。  エル・ネグロが【横方向】へのスイングを構築する間、彼は【縦方向】への大波のウネリを作り出すのだ。  

2曲目は、ジョン・ビーズリーがオルガンに移って、更にウネリまくるサルサ・・・って言って良いのか? 兎に角、ウネウネしちゃうラテン・ビートである(笑)。  3曲目になると、今度はジョンがエレピ(フェンダー・ローズか?)を弾きだし、往年の70’s クロスオーバー的な、4ビートの風味をも感じさせる演奏に。  ここでは、渋いながら、エル・ネグロの細かな芸が光っていて、感心させられた。 

ステージ上のバンド演奏は、徹頭徹尾、複雑さと単純さが絡み合った、ウネウネのポリリズムが展開され、それに身を委ねると、実に気持ちが良い。  試しに、(精神的に)全身を音楽に投げ出してみたところ、いやはや、これが何とも言えない、オルガスムス、絶頂に次ぐ絶頂で、言う事なし。  視線を横に移して、他の観客の乗りを確かめてみると、【ノリノリの人=10%】、【取り敢えず乗っている人=30%】、【時々、何気に体が動く人=10%】、【完全凍結状態の人=50%】といった具合であった(笑)。

この手の音楽はズッと聴いていると飽きるかな?とも思ったのだが、演奏に身を任せてしまったら最後、飽きる所か、一晩中でもイケチャウ、イケチャウ!  バンドは40分強の連続演奏で大熱演。 エエぞ、エエぞ。  全部で5曲ほど演奏して、一段落。 ここでインターミッションかな?と思っていると、ステージにハープの今出宏゜氏が、おばはんの【露払い】として(?)登場。  あまりにも何気なく、まるでラーメン屋にでも入るかのように(?)登場したので、思わずズル・・・。 “い、いまで〜”・・・・・、と小声で呟いてしまった。  まあ、そこがイマデ氏のイマデ氏たるところではあるが・・・(笑)。

演奏はシャッフル・ビートとなり、サックス&ハープのアドリブ・フレーズが絡み合う中、さあ、いよいよ出るぞ〜!  出たぁ〜! おばは〜ん!  まるで何かのキャンギャルのような、ピッチリとしたボディ・スーツ姿で登場のおばはん、当年とって45歳。 年々若返りを見せている、とは聞いていたが、いやはや、確かに遠目には18歳くらいにしか見えないぞ、こりゃ犯罪だ!  シャッフル・ビートに乗りながら、クネクネと身体を動かし、ボーギング風なアクションを交えながら踊る、踊る。 その顔をよくよく見ると、ドハデなアイシャドー・・・うへ〜っ、きっ、きっ、キッツ〜!!!(笑)  曲は、あのWARの『Low Rider』。  マイク付きワイアレス・ヘッドセットを使ったハンズフリー状態での歌唱なので、まあ、動く、動く、おばはん、クネクネ、コキコキ、両手のアクションを怪しげに駆使しながら、観客を煽りまくる。 恐らく御当人のイメージは、ジャネット・ジャクソンか、マドンナか、ジェニファー・ロペスといったところか? (笑)

久々に観るおばはん、兎に角、こんな状態(笑)だったので、いやはや、なんとも、思わずケツのあたりが良い意味でムズムズしてくる。  元から“突き抜けた”人だったが、今宵の“突き抜け方”は尋常でない(笑)。  うひょひょひょ〜、と思っているうち、2曲目、お馴染みの『New York State of Mind』へと進行。  “I've seen all the movie stars”・・・の部分で、相変わらず『キアヌ・リーブス』が出てくるあたり、おばはん、好っきゃな〜、それ・・・という感じである(笑)。  

ちょっと冷静になって、おばはんのボーカルの調子を確認すると、非常に良く声が出ていて、驚かされた。 よくよく聴いてみると、以前に比べて、若干ながら、声のレンジが全体的に上がった印象を受ける。  発声の最初の一音が、無理なく一気に高いところにヒットするのだ。 これは、多分、偶々この夜の調子が良かった、というのではなく、【声の状態を一定の品質に保つ】何かしらのコツを、綾戸智絵というシンガーが、ここ2年くらいの間に会得した、ということではないか?  

綾戸智絵というシンガーは、(声帯の問題もあってか)元々音程の上下動や、音量の調整が、あまりスムーズでない、という特徴があった。 スムーズでない証拠に、この人の唄には、簡単に言うと【イキミ】の部分があった。 そこが良い、と感じる人も居れば、そこが下品だ、と思う人もいる。 このあたりが、音楽リスナーの中に、綾戸ファンとアンチ綾戸が、同じくらいの割合で、両極端に存在した理由でもあった。  

一般的に歌唱力がある、とされるシンガーは、音程の上下動や音量の大小調整を自然に、自由に出来るものである。  それによって、リスナーは、その歌唱から【心地好さ】のようなものを得るのだ。 つまり、それは【リキミ】、あるいは【イキミ】がない歌唱である。   一方、綾戸の歌唱の場合、音程移動があまりスムースではなかったので、【イキミ】が生じて、【心地好さ】はあまり無い。  しかし、その代わり、切実なまでにリスナーの心に切り込んでくるような【説得力】が生まれたのだ。 

さて、当夜の歌唱を注意して聴いてみると、今まで彼女の歌唱に感じた【イキミ】のようなものが殆ど認められなった。  以前は【イキンデ】から到達していた音程・・・というよりは、彼女が出したいとイメージした【音】・・・に、【イキムこと】なしで到達しているようだった。 初音の1発、ポンと出した時には、既に、そのイメージされた【音】に到達しているのだ。  昨年のCD『LIVE II』では、まだ【イキミ】があったので、恐らく、こういった新境地は、過去1年くらいの間に開拓されたものだろう。  しかし、考えてみると、これはシンガーにとっては大変なことなのではないか?  彼女は、リスナーの耳には感知されない、自らの内なる部分で、【イキミ】あるいは【リキミ】を消化しているのだ。  MCで、『(みなさんの応援があって)今までしなかったような努力もやるようになりました』と告白していたが、恐らく、とんでもない努力、というか、決意をもって唄に取り組んでいるのだろう。  

リスナーに『唄が上手いですね』、『歌唱力がありますね』と言われたり、思われたりしているボーカルは、まだまだ未熟なのだ。  『上手く歌っている』、『なにかしらの技巧を採用している』と感じさせずに歌えてこそ、本当のプロだと思う。  そういう意味で、綾戸智絵は、ホンマモンのプロ・シンガーになったのだろう。  彼女の唄は、多分、上辺の【感動度】(?)では2年前の方が勝っていたと思うが、音楽的な【深み】では、現在のほうが遥かに勝っていると思う。

又、今出宏゜氏のハープが、おばはんのボーカルの良い先導役になっているな、とも感じた。 ライブ全編で、意識してか無意識かは不明だが、今出氏のハープがボーカルを導く箇所が幾つもあり、おばはんも、或る意味、今出氏の音を目掛けて歌い出しいる感じがした。  音楽的パートナーシップでは、過去、色々と苦労したおばはんであったが、今出宏゜とは本当に良いコンビネーションを築き上げたのだろう。

話しをライブの進行に戻そう。  3曲目は新作CD『My Life』にも収録されていた、ローリング・ストーンズの『Satisfaction』。  ここで、おばはんはピアノ弾語りとなり、ジョン・ビーズリーがオルガンに移動。  El Negro & Robbyの、オドロオドロシイ太鼓のイントロを経て、ノン・タイムでありながら、微妙なモタリをもったエッチなグルーブと共に歌いだされる。  ひゃ〜っ、こりゃ、どえりゃ〜難しいテンポだ。  そこから、コーラス部ではリズムが転換。  バンド全員が殆ど目がテン状態になって集中力発揮! 特に、リズム・リーダーのEl Negroは大変だ。 おばはんが右手でシグナルを出し、El Negroは2本のスティックから目には見えない糸が出ているかのように、メンバーへ【間合い】を発信している。  それでも、なお、致し方なく、テンポはズレるのだが、そのズレが又なんともいえないモタリとなって、痛気持ち良い、アンビバレントなエクスタシー!  おばはんとEl Negroを中心とする、リズムの以心伝心は、緊張感ピリピリ。  いやはや、これには思わずニンマリしてしまう。

その後、『恋の片道切符』、チュ-チュ-トレインのブルース、そして、ピンキーとキラーズ(ピンキラ)の『恋の季節』のカバーと濃い〜ところが続く。 『この曲を歌って下さい、とよくリクエストされます・・・、キンピラの・・・』とお約束的なギャグを飛ばすおばはん。  そして、この曲を知っている年代の方は・・・、と客イジリの開始。  ステージ直下の観客は、おばはんにイジラレル恐怖心と期待で(?)、恐らく心臓バクバク状態ではないだろうか?(笑)  当夜は、頭髪が遠慮がちな(笑)年配の男性客が餌食となり、ツルツルのジョン・ビーズリーもついでにイジラレ、終いに、ジョンから男性客に『友達になろう!』との熱き一言まで飛び出す始末に(爆)。

さあ、ここでクール・ダウン。  僧侶ネタ(笑)ですっかりイジリまくられたジョン・ビーズリーが前方のピアノに座り、その斜向かいにおばはんも着席。  曲は『You are so beatufiful』。  ここ聴かせたジョンのピアノは、彼の真骨頂発揮、といったもので、その音色の美しさと、音の選び方、並べ方、混ぜ方は絶品。  おばはんも大喜び、といった感じで、度々、喘ぎ声(?)を上げていた(笑)。  流石に此処までくると、おばはんも疲れ気味か、歌い出しの部分で、歌声の輪郭がモコモコとして、若干聴き取り難かったが、徐々に調子を上げ、ジョンのピアノにも大いに触発されたところもあるのだろう、素晴らしいバラッド歌唱を聴かせてくれた。

お次は、再び立ち上がったおばはん、何を思ったのか、ウナギの話しを始め、この曲には、どうしてもウナギのイメージがある、とソニー・ロリンズの名曲『Oleo』で、バンドと一体になって爆走開始。  全編、得意のスキャットを披露するが、途中から“ニョロ、ニョロ、ニョロ・・・”とネタフリされたウナギに因んだスキャットに変貌(笑)。 オマケに、ハンズ・フリーであるのを良い事に、ウナギの掴み取りの格好を両手でしながら、ステージを右往左往、これでもか、これでもか、と攻め続ける。  これには勿論、場内大爆笑。  こういったネタならば、例のオバちゃん軍団のお客さんも大喜びだろう。  

ここでフッと思ったのだが、人によっては、こういったおばはんの行き方に、『綾戸智絵は、何故、そんな風にギャグ仕立てにして、フザケルのか? あれは、ジャズ・モドキだ!』・・・と批判的になるだろう。 実際、僕自身も、一時期、そう思ったことがある。  あの内田修先生をして、自分が若き日に米軍キャンプに潜り込んで聴いた本場のジャズと同質、と言わしめた、日本人ジャズシンガーとしては恐らく唯一ホンマモンに到達した、と言える綾戸智絵なのに、何故、ギャグに走るのか? 何故、客に迎合するのか?  そういう大きな疑問を感じることがあった。  しかし、当夜、『ウナギ、ニョロ、ニョロ』を見ながら、僕はこう思った・・・この人は、いつだってホンマモンのジャズ、ホンマモンのスキャットをやろうと思ったら出来るのだ。 実際、自主制作を含めた初期のCD数作でその事は実証されているし、当夜だって、『Oleo』の前半に聴かせたスキャットのスイング感は抜群であった。 アヤドは、恐らく、人々が【これがジャズだ】とイメージしているモノ、あるいは実体験として【これがジャズだ】と理解しているモノ = 【既成概念】は、とっくにクリア済なのだ。  既に【ジャズ】を完成させた人が、それを当たり前に“見せて”くれても、あまり面白くないのではないか?  おばはんも、きっと、そう思っているのだろう。 そして、当たり前に“見せる”よりも、面白がって“魅せる”ことを選んだのだろう。  長嶋茂雄は、現役選手時代、自分の身体の正面で捕球するのは当たり前だから、出来るだけ難しそうに、ファン・プレーに見えるように捕球しよう、と努力したと言う。 それが、“見せる”と“魅せる”の違いなのだ。  

曲は、ガーシュインの『Summertime』、エリントンの『It don't mean a thing』・・・とお馴染みのジャズ・スタンダードが続く。  勿論、それは、El Negro & Robbyの繰り出す怒涛のグルーブを伴っているので、一味も二味も違ったものになっている。  そして、最後は、『God Bless America』。  あの“9.11”を、ニューヨーク行きの飛行機上で体験し、煙をあげる街に実際に降り立った、というおばはんは、この曲を、当地でよく聴いたという。  “9.11”を、第二の故郷とも言える当地で、肌身で感じたという彼女にとっては特別な曲であろう。  只、個人的なことで恐縮だが、ブッシュを選んだアメリカという国家に対して、僕は、『神のご加護を』と言い難い気持ちが非常に強い。  僕も多くの知人、特に仕事を通しての仲間が、直接間接に“9.11”でダメージを受けたし、あの崩壊するWTCビルの映像に大きな衝撃を受けた。  勿論、世界平和を祈念している。  しかし、アメリカという国家に対する複雑な気持ちは、少なくてもブッシュが辞めるまでは、払拭されることはないだろう。 (大統領が変われば、それで全てが変わるというわけではないが)

ここで、ライブは一旦終了となるが、勿論、アンコールを求める拍手喝采が場内を満たしていく。  すると、バンドのメンバー全員がステージから降りきるかきらないかの時間帯で、アッサリとおばはんが再登場(笑)。  アンコール曲は、ビートルズの『Get Back』。  “Get Back, Get Back...”と場内大合唱となり、盛り上がりまくって大団円。  そして、最後の最後に、お待ちかねのソロ弾語りで、ボズ・スキャッグスの『Slow Dancer』。  静かなピアノ・イントロから、パンッ、パッ、パパンッ!とテンポをとって、ピアノのペダルをバタッと踏む、おばはん、嗚呼、変わってないなぁ。  2年以上ぶりのライブだったとは言え、ここまで、あまり『懐かしさ』のようなものは感じてこなかったのだが、何故か、このペダルの踏み方は妙に懐かしく思えた。 初恋の人に同窓会で再会し、その人の前髪をかきあげる仕草にドキッとする・・・そんなイメージだろうか?(笑)  

歌唱も勿論素晴らしく、歌の【濃度】を感じさせてくれるものだ。  一般的に歌唱力がある、とされるシンガーでも、今ひとつ心に伝わってこない人が居るが、その理由は、その歌が【質量】に重点が置かれて歌われているからである。 綾戸智絵というシンガーの凄さは、その歌が【質量】ではなく、【濃度】を伝えることに重点が置かれているところだと思う。  音(音楽)は、空気の振動である。  人間にとって大事なのは、空気の【質量】よりは、【濃度】ではないのか?  薄い空気が幾らあっても、苦しいだけだ。  つまり、【濃度】の彩りが、音楽なのである。  その彩りが、ジャズで言うところの【スイング感】なのだ。  だから、幾らテクニックでシンコペーションを入れたって、スイングしたことにはならない。  僕は、綾戸智絵は何を歌ってもスイングする、と思っているが、その理由は、こんなところにある。  

終演後、時計を見ると、21時半前後になっており、いやはや、2時間以上の大熱演だったことがはじめて分かった。  立ちっぱなしで、しかも、身体動かしっぱなしで、流石に疲れたが、【読後感】ならぬ【ライブ後感】は非常に気持ち良く、本当にシンプルに、『今夜は良いライブだったな』と思える、最高のパフォーマンスだった。  コラボレーションの完成度としては、完璧なものではなかったとは言え、最高速で走りながら、トップギアには入っていないよ・・・と思わせる、良い意味での余裕とユーモア感覚。  こういう、後味の良い、純粋に『良い演奏だったな』と思えるライブは、年に数十回行っても、一度か二度くらいしか巡り合えない。  

最後に、余談ながら、相変わらず、おばはん、歌詞を見ながら歌っているな、と思った。  これは、人によっては、プロのシンガーなんだから、歌詞くらい覚えておけ、と思われるだろうが、僕は以前から違った見方をしていて、あの歌詞カード(譜面)は、彼女にとって、ライブ中の唯一のヨリドコロなのではないか、と。  諸々の事情から引退した、あの大西順子も、譜面、あるいは、そんなもん見ても分かるのか?と思わせる小さなメモ帳のようなものをピアノの上に置いて演奏していた。  時代の寵児として(?)、リーダーとして色々なものを引っ張っていかなければならない人間の孤独感、孤高さは、余人には計り知れないものがあると思う。  おばはんが、相変わらず歌詞カードを見ながら歌っている姿に、なにか、その孤高であることの厳しさを垣間見た気がする。